今回は、先日私が見た1枚のポスターから思いを巡らせた内容について綴っていきます。
駅の構内で見かけたそのポスターは、一見整ってはいるものの、見終わっても何も印象が残りませんでした。 「誰に、何を伝えたかったのか?」という疑問だけが残ったのです。
私は以前、広告代理店でグラフィックデザイナーとして働いており、日々“誰に、何を、どう伝えるか”を意識しながら制作に取り組んでいました。
だからこそ、行政の広報物を見ると、構造そのものに課題があるように思えるのです。見た目ではなく、設計の段階から考え直す必要があると感じます。
そこで今回の記事では、「伝わらない行政広報」に共通する課題と、その改善策を元・民間デザイナーの視点から丁寧にひも解いていきます。
よくある「伝わらない広報物」の特徴

行政の広報物には、一定のフォーマットや制約があることは理解しています。
しかしその中でも、なぜ「読まれない」「伝わらない」と感じてしまうのか? その背景には、共通する構造的な特徴が存在しています。
以下に、私が現場で見て感じた“伝わらない広報物”に共通する4つのパターンを挙げてみます:
- そもそものデザインが“整理されていない”
- 情報の“盛りすぎ”で焦点がぼやける
- 誰に向けた広報かが不明瞭
- 「載せる」ことが目的化している
1. そもそものデザインが“整理されていない”
色使い、フォント、配置……。 個々の要素が統一されておらず、見た目に一貫性がありません。 「何を目立たせたいのか」「どこから読んでほしいのか」が伝わらず、視覚的に迷子になってしまう広報物も珍しくありません。
その背景には、庁内に「デザインを体系的に学んだ人」が少ないという構造的な問題があります。 日々の業務の中で“片手間”に作られることも多く、専門職の視点が入らないまま配布される資料が大半です。
2. 情報の“盛りすぎ”で焦点がぼやける
複数の部署からの情報を一つにまとめようとした結果、どこに注目すべきかがわからない広報物も目立ちます。 目線の導線が設計されておらず、「とにかく全部読んでほしい」という気持ちが、逆に読まれない原因になります。
3. 誰に向けた広報かが不明瞭
「全住民に伝える必要がある」という前提があるのは理解できますが、結果として“誰にも響かない”内容になってしまうケースも多いです。 読み手の顔が浮かばない文章やレイアウトは、どうしても記憶に残りづらいのです。
4. 「載せる」ことが目的化している
「とにかく掲載する」ということ自体が目的化している広報物もあります。 本来の目的は「伝える」「動かす」なのに、それが後回しになってしまっている印象を受けることがしばしばあります。
民間と行政で異なる“広告の設計思考”

行政広報と民間広告のちがいは、「どこから設計を始めるか」にあります。
私は広告代理店でデザイン業務に携わっていたとき、常に”目的”から発想をスタートしていました。
一方で行政の場合、「載せなければならない情報」から逆算してレイアウトが組まれるケースが多く、結果的に“伝わらない”という状態を生んでいるのです。
民間では、常に「誰に、何を、どう届けるか?」がベースにありました。
しかし行政では、「載せなければいけない情報」が起点になることが多く、発信の目的が曖昧になりがちです。
民間:選ばせる/買わせる
- ペルソナを絞り、行動を促す
- メッセージを一点集中で届ける
- 無駄を削ぎ落とし、効果を最大化する
行政:知らせる/義務を果たす
- 情報が網羅的で“読ませる前提”
- 優先順位がつけられない
- ユーザー視点や共感要素が欠けがち
こうした特徴は、行政の発信が「正確さ」や「平等性」を重視してきた歴史に根ざしています。
しかし、その結果として“誰の心にも届かない”情報設計になってしまう危うさも含んでいるのです。
行政広報が“伝わる”ためのヒント

行政の情報発信において、「正しく届けること」は重要ですが、それだけでは十分とは言えません。
「相手に届くように伝える」ための工夫が、今後ますます必要とされていくでしょう。
以下の3つの視点から、行政広報が“伝わる”ためのヒントを探ってみましょう:
- 「ターゲットを絞る」勇気
- 情報量よりも“視線の流れ”を設計する
- 感情に届くデザインを意識する
1. 「ターゲットを絞る」勇気
「誰に何を届けたいのか?」を明確にするだけで、情報設計もデザインの方向性もガラリと変わります。
「この広報は子育て世帯に」「これはシニア向けに」など、伝える相手を明確にする勇気が必要です。
2. 情報量よりも“視線の流れ”を設計する
大事なのは「何を省くか」ではなく「どこに目線を誘導するか」。
強弱をつけた配置や色使いで、見る人の行動をデザインすることが大切です。
3. 感情に届くデザインを意識する
“正しさ”や“網羅性”だけでは人の心は動きません。
行政こそ、
「わかりやすい」
「安心できる」
「共感できる」
といった感情に届くデザインを取り入れていいはずです。
デザイン・クリエイティブ枠の人材がもたらす可能性

近年、自治体でも「デザイン・クリエイティブ枠」として専門職の採用が始まり、注目を集めています。
これは、従来の広報体制だけでは解決できなかった課題に、専門的な視点を持ち込む試みです。
では、そうした人材には具体的にどんな価値が期待されているのでしょうか?
以下の3つの観点から整理してみます:
- 専門職だからできる“伝え方”の設計
- 行政とデザイナーの“橋渡し”という新しい役割
- 行政広報の未来を支える“しくみ”の担い手へ
本章では、こうした専門職がどのような役割を担い、行政の情報発信にどのような変化をもたらすかを具体的に考えてみます。
ここまで紹介してきた課題に共通しているのは、「伝えること」への視点と技術が不足していることです。
これは個々の担当者の努力ではどうにもならない、構造的な問題とも言えるでしょう。
1. 専門職だからできる“伝え方”の設計
最近増えてきた“デザイン・クリエイティブ枠”による専門職の採用は、まさにこの課題解決の鍵です。
こうした人材は、単にチラシを「きれいに整える」だけではありません。
広報の目的を言語化し、ペルソナを設定し、行動へとつながる構成を設計できる力を持っています。
現場の意図と市民の感情をつなぐ「設計者」としての役割が求められます。
2. 行政とデザイナーの“橋渡し”という新しい役割
こうした専門職は、デザイナーと行政職員の“橋渡し役”となれる点でも大きな価値があります。
行政の制約や文脈を理解しながら、外部のデザイン専門家とも円滑に連携できるため、無理のない改善を実現できるのです。
この中間的な立場こそが、現場と専門性を融合する重要な存在になります。
3. 行政広報の未来を支える“しくみ”の担い手へ
行政広報が“動かす広報”へと進化していくためには、こうしたスキルと感性を併せ持った専門職の存在が不可欠です。
単なる一時的な「美しさ」ではなく、たとえば庁内で再利用できる広報テンプレートの整備や、情報設計のフロー改善など。
継続的な成果を生む“仕組み”としてのデザインを行政に根付かせる役割が期待されています。


“伝える力”が未来の広報を変える

行政広報は、ただの情報掲載ではありません。 見る人の行動を促す“しくみ”としてデザインされるべきです。
デザインは見た目を整えるためのものではなく、「目的を伝え、意図を動かす」ためのツールです。
私自身、民間で広告デザインに携わり、現在は行政にも関わる立場として、両者のギャップや課題を日々感じています。
だからこそ、「こうすればもっと伝わるのに」と思う瞬間が数えきれないほどあるのです。これから公務員のデザイン職を目指す方には、ぜひ「届け方」にこそセンスと知識を磨いてほしいと願っています。
なお、今回紹介した「伝える力」を磨きたい方には、実践形式のビジネススクール【コミュトレ】もおすすめです。
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